【死去】浅利慶太の死因は悪性リンパ腫!経歴や結婚歴、死ぬ間際の様子やお別れ会・お通夜の情報も紹介。

2018年7月13日、劇団四季の創立メンバーの一人、浅利慶太さん悪性リンパ腫で都内の病院で亡くなったことが分かりました。

そんな今回は浅利さんの死因の情報やお別れ会の情報を紹介していきます。

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浅利慶太・死去

2018年7月18日、劇団四季を創設した偉大な人物の死去が報道されました。

詳しい内容は、

劇団四季の創立メンバーの一人、浅利慶太さんが7月13日午後5時33分、悪性リンパ腫で都内の病院で亡くなったことが18日、分かった。

85歳だった。浅利演出事務所と劇団四季が発表した。

葬儀については、親族のみで執り行い後日、お別れの会を実施する予定。

亡くなった浅利さんは85歳だったようですね。

85歳は日本の平均寿命から考えれば、長生きしている部類に入りますが、劇団四季ファンの方や浅利さんと関係があった方からすればとても残念な報告になってしまいました。

これからも浅利さんが作った劇団四季をさらに素晴らしい劇団にしてもらいたいですね。

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浅利慶太・プロフィール

今回亡くなった浅利さんのプロフィールと経歴をまとめてみました。

生年月日 1933年3月16日
没年月日 2018年7月13日
出生地 東京都
職業 演出家、実業家
活動期間 1950年代 –
所属劇団 麻生演出事務所
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今回の死因の悪性リンパ腫とは?

この度、浅利慶太さん亡くなってしまったその死因を調べてみました。

冒頭でもお伝えした通り、今回の死因は悪性リンパ腫だそうです。

では、悪性リンパ腫とはどのような病なのでしょうか。

こちらで調査をしたところ、

悪性リンパ腫は、血液細胞に由来するがんの1つで、白血球の1種であるリンパ球ががん化した病気です。

全身のいずれの場所にも病変が発生する可能性があり、多くの場合は頸部(けいぶ)、 腋窩(えきか)、 鼠径(そけい)などのリンパ節の腫(は)れが起こりますが、消化管、眼窩(がんか:眼球が入っている骨のくぼみ)、肺、脳などリンパ節以外の臓器にも発生することがあります。

悪性リンパ腫とはがんの一種のようですね。

あまり聞きなれない病ですが、やはりがんの中では希少で、一般的ながんとは異なり、リンパ種にがんが巡っているので外科手術を行うことが出来ない病だそうです。

そのため、治療法としては抗がん剤治療がメインになるようですね。

おそらく浅利さんもこの治療法で治療を行い、吐き気や髪の毛が抜けてしまうといった副作用と戦ったのではないでしょうか。

 

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浅利慶太の経歴

浅利さんのこれまで経歴をまとめてみました。

浅利さんは1953年7月、慶應義塾大学、東京大学の学生を中心に劇団四季を結成しました。

またこの年にジャン・アヌイやジャン・ジロドゥ等フランス文学作品を上演もします。

1985年12月には、ミラノ・スカラ座での『蝶々夫人』『トゥーランドット』『エレクトラ』の演出や、長野オリンピック開会式の総合プロデューサーを担当しました。

演出家として本当に様々な作品を作り、オリンピックの開会式にも携わるほど、浅利さんは偉大な人物だったことが分かります。

そして2014年6月、四季株式会社の取締役社長を退任し、2015年3月に新事務所の浅利演出事務所を設立し社長就任します。

この新たな会社では劇団四季とは別に独自で演劇活動を開始していたそうですね。

このような偉大な人物が亡くなってしまうのは本当に悲しいですね。

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浅利慶太の結婚歴

浅利さんはこれまで結婚を3回しているそうです。

最初の結婚は、藤野節子さん、2度目は影万里江さん。

こちらの2人は劇団四季における浅利の同志だったようです。

ただ影さんとも離婚をしてしまい、2003年に野村玲子さんを3度目の妻に迎えて現在に至ります。

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ネットの反応

今回の報道に対してはネットでも様々な意見が集まっていたので紹介をします。

・政治家に重宝がられた演出家

・ご冥福をお祈りします

・自分がすっかりミュージカル好きになったのもこの人の力があったからだと思う。ありがとうございました。

・たくさんの感動をありがとうございました。安らかにお眠りください。

・海外の人気作品を輸入するというビジネスモデルを確立した人でした。ありがとうございました。

やはりこのコメントから分かる通り、浅利さんは多くの方々から慕われていた方であったようですね。

日本からこのような素晴らしい演出家が1人いなくなってしまうのは本当に悲しいですね。

ご冥福をお祈りします。

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